巣鴨プリズン跡地の石碑「永久平和を願って」

先週末は仕事が猛烈に忙しくて、4連休の最初の土日は家でグッタリしていました。

少し休んで体調が回復してきたので、午後から外出したのですが、今日の東京は天気が良くて午前から外出したほうが良かったですね。しかも外出して最初に行ったのが豊島郵便局。そこで仕事の郵便物を送るという駄目な休日でした。

休日もやっている郵便局だけあって、猛烈な行列を待ってようやく局出しが終わったらすでに夕方になっていて(笑)
池袋の近辺を少し散歩していたら、東池袋中央公園にたどり着きました。この公園は知識としては巣鴨プリズンの跡地に有るのは知っていたのですが、木が鬱蒼としていつも薄暗いイメージがあって、大日本帝国を亡国に追い込んだ責任者たちが処刑された場所でもあるので、いつもは近づかないようにしていましたが、時間も余っていることだしせっかくだから見に行こうかと。

この公園の中は林の中に椅子がいくつか置かれていて、そこで沢山の人々が休んでいたのですが、やっぱり暗い。池袋にしては木が多いだけでなく、「巣鴨プリズン」という予備知識が私の気を重たくさせるのか、本当に暗い。そして中央に噴水のような機構があるのですが、「巣鴨プリズン」に関する記述や記念碑が全然見当たらない。公園内をぐるぐる回って探したら、ようやく隅に石碑が一つ置かれているのを見つけました。

【巣鴨プリズン跡地の石碑「永久平和を願って」】
巣鴨プリズン跡地の石碑「永久平和を願って」

この石碑の裏に経緯が書かれているのですが、ぱっと見で何の石碑がよくわからないのですが、これが戦争犯罪人達が処刑された土地に残された石碑なのです。とても興味深いことに、公園入口の地図を見ても「碑」としか書かれていません。
先人たちの知恵だと思うのですが、自国民の300万人以上を死地に追いやった犯罪人達を決して祀り上げるようなことはせず、かといって歴史の中に埋もれてしまわぬように、池袋の薄暗い公園の隅にひっそりと石碑を残したのかと思うと、なんだか不思議な気がしました。

さらに驚くことに、石碑の裏に昭和55年6月と書かれていて、敗戦からかなり時間が経ってから建てられているのです。家に帰ってから調べたのですが、笹川良一の秘書の有田正憲が資金を募って建立し、近隣住民達の「戦犯記念碑建設に反対する連絡会」から訴えられた経緯があるそうで、しかも有田正憲の人脈を調べていくと戦争犯罪人達に近い人脈が露骨に出てくる。この石碑自体は処刑された側に近い人々が後世に建てていて、ただし住民たちの反発があったので目立たぬように、かつ一目ではその石碑の意味が分からないようになっているところに、当時の人々の思慮の深さが伺えます。この形式でないと建立もできなかったのではないかと。私は戦犯達には全く同意しませんし、また現在の露骨な歴史修正主義には真っ向から反対しますが、それでもこの国の歴史を捨て去ることのないように、ひっそりと石碑が残されているのは良いことだと思います。主義主張はどうであれ、後世の私達に考える機会を与えてくれているわけです。

池袋のサンシャインのすぐ隣の薄暗い公園の中に石碑があるので、池袋に来られた方々は是非見に行くと良いと思います。

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